なぜ喀痰吸引は、研修を受けても条件が多いのか
研修を受けたのに、あれもこれも要ると言われる。「結局できないのでは」と思ってしまいます。
これは「医療行為ではなくなった」話ではありません。医療行為のまま、例外として認められたものです。だから、条件のほうが残りました。
残っているのは3つ。医師の指示/看護職員との連携/事業所の登録。どれかが欠けると、認められた例外の外に出てしまいます。看護師が細かく確かめるのは、その線の内側にいるかを見ているからです。
もくじ
「医療行為ではない」ことにはなっていません
根拠は社会福祉士及び介護福祉士法(昭和62年法律第30号)です。介護福祉士については第48条の2第1項に、こう書かれています。
第四十八条の二 介護福祉士は、保健師助産師看護師法第三十一条第一項及び第三十二条の規定にかかわらず、診療の補助として喀痰吸引等を行うことを業とすることができる。
読みどころは2つです。
| 条文の言葉 | 意味 |
|---|---|
| 「かかわらず」 | 保助看法の業務独占(看護師でない者は看護師の業をしてはならない)を、この法律で解除しているという意味です。解除が必要だった=本来は違法だったということです |
| 「診療の補助として」 | 解除したあとも、行為の性質は「診療の補助」のままです。だから診療の補助に付いてくる縛りが、そのまま残ります |
「医行為ではない」ことにしたのではなく、「医行為だが、この条件でならやってよい」としたものです。
この違いが、条件の多さの正体です。爪切りや体温測定とは、そもそも仕組みが別です。
介護福祉士と、それ以外の介護職員で、根拠の条文が違います
ここは混同されやすいところです。2つの別々の条文があります。
| 誰が | 根拠と中身 |
|---|---|
| 介護福祉士 | 根拠=第48条の2第1項 診療の補助として喀痰吸引等を行うことを業とすることができる |
| 介護福祉士以外の 介護職員 | 根拠=附則第10条第1項(認定証は附則第11条) 認定特定行為業務従事者認定証の交付を受けている者は、当分の間、保助看法の規定にかかわらず、診療の補助として、医師の指示の下に、特定行為を行うことを業とすることができる |
⚠ 条番号に注意してください。介護福祉士以外の介護職員の根拠は附則第10条です。附則第4条ではありません。
附則第3条・第4条だったのは、平成28年法律第21号による改正の前の話です。現行法の附則第4条は「准介護福祉士の登録」という、まったく別の条文になっています。古い資料や研修テキストが「附則第4条」のままになっていることがあります。
そして、附則第10条には第2項があります。ここが、看護職員が関わってくる法的な理由です。
第十条第2項 認定特定行為業務従事者は、特定行為の業務を行うに当たつては、医師、看護師その他の医療関係者との連携を保たなければならない。
「連携を保たなければならない」は、努力目標ではなく、法律の条文です。
看護職員が実施計画に口を出したり、実施のたびに状態を確認したりするのは、この条文が両側に義務を課しているからです。看護職員の側にも、日本看護協会の倫理綱領 本文7に「他の看護職などに業務を委譲する場合は自己及び相手の能力を正しく判断し」という一節があります。
5つの行為(これ以外はありません)
「喀痰吸引等」の中身は、社会福祉士及び介護福祉士法施行規則第1条で5つに限定されています。
| 行為 | |
|---|---|
| 一 | 口腔内の喀痰吸引 |
| 二 | 鼻腔内の喀痰吸引 |
| 三 | 気管カニューレ内部の喀痰吸引 |
| 四 | 胃ろう又は腸ろうによる経管栄養 |
| 五 | 経鼻経管栄養 |
三の「気管カニューレ内部の」に注目してください。内部だけです。カニューレより奥は入りません。行為の名前ではなく、どこまで、が条文で切られています。
同じように、四と五は注入そのものの話です。準備と片付けは、別の枠組み(令和4年12月の通知)で整理されています。→訪問先で、どこまでやっていいか
3つの研修は、何がちがうのか
研修の課程と、できる行為の対応は施行規則第4条にあります。ざっくり言うと、こうです。
| 研修 | できること |
|---|---|
| 第1号研修 | 施行規則第1条の5行為すべて(不特定多数の方が対象) |
| 第2号研修 | 5行為のうち、実地研修を修了したものだけ(不特定多数の方が対象) |
| 第3号研修 | 5行為のうち、実地研修を修了したものだけ。特定の方が対象 |
「研修を受けたからできる」ではありません。できるのは実地研修を修了した行為だけです。
そして第3号研修は「その方」に対してのものです。別の方には、そのままでは及びません。——「前の利用者さんではやっていたのに」が通らないのは、ここです。
Không phải "học xong là làm được". Chỉ làm được đúng hành vi đã hoàn thành thực hành. Và chương trình số 3 chỉ áp dụng cho ĐÚNG người đó — người khác thì không.
事業所の登録がないと、研修を修了していてもできません
もう1つ、個人ではなく事業所側にかかる縛りがあります。
| 誰が行うか | 事業所に必要なもの |
|---|---|
| 介護福祉士 | 登録喀痰吸引等事業者(第48条の3。都道府県知事の登録) |
| 認定特定行為業務従事者 | 登録特定行為事業者(附則第27条) |
登録の基準(第48条の5)には、次の2つが挙げられています。
- 医師、看護師その他の医療関係者との連携が確保されていること
- 実施に関する記録が整備されていること
あなたの資格と、事業所の登録は、別のものです。
資格を持って転職しても、その事業所が登録していなければ、そこではできません。そして「連携」と「記録」が登録の基準そのものなので、看護職員との連携も記録も、事業所が登録を維持するための条件になっています。
「医行為ではない行為」の通知とは、性質が違います
ここが、この記事のいちばん伝えたいところです。2つの仕組みを、並べます。
| くらべる点 | 医行為でない行為(爪切り・体温測定など)/ 喀痰吸引等(5行為) |
|---|---|
| 根拠 | 医行為でない行為=厚生労働省の通知(解釈を示したもの) 喀痰吸引等=法律と、その施行規則 |
| 法的な位置づけ | 医行為でない行為=そもそも医行為ではないと整理された 喀痰吸引等=診療の補助であると認めたうえで解禁 |
| 医師の指示 | 医行為でない行為=条文上は不要(ただし薬の介助などには条件あり) 喀痰吸引等=必要 |
| 看護職員との連携 | 医行為でない行為=「密接な連携を図るべき」(通知の注) 喀痰吸引等=法律上の義務(附則第10条第2項) |
| 研修 | 医行為でない行為=「望ましい」(通知の注3) 喀痰吸引等=必須(実地研修を修了した行為だけ) |
| 事業所の登録 | 医行為でない行為=不要 喀痰吸引等=必要 |
ただし、共通する注がひとつあります。医行為でない行為の通知3本すべてに、こう書かれています。
「今回の整理はあくまでも……解釈に関するものであり、事故が起きた場合の刑法、民法等の法律の規定による刑事上・民事上の責任は別途判断されるべきものである」
——どちらの仕組みでも、事故が起きたときの責任は別に判断されます。「通知にあるから大丈夫」も「研修を受けたから大丈夫」も、そういう意味ではありません。
だから、こう言えば通ります
| 場面 | 言い方の型(いずれも一例です) |
|---|---|
| 実施の前に確認したい | 「〇〇さんの吸引について、今日の指示は前回と同じでよいですか。変わっているところはありますか」 =指示は「その方の、そのときの状態」に紐づきます。前回と同じとは限りません |
| いつもと違うと感じた | 「吸引の前に、いつもと違うところがありました。〇〇です。実施してよいか確認させてください」 =実施前に止めるのは正しい判断です。実施してから報告するより、ずっと軽く済みます |
| 自分の範囲を確かめたい | 「私は第〇号研修で、実地研修を修了しているのは〇〇です。この方に対して実施できますか」 =研修の号と、修了した行為と、対象者。この3つで決まります |
| 新しい職場で | (相手は看護師ではなく管理者です)「この事業所は登録喀痰吸引等事業者(または登録特定行為事業者)の登録がありますか。私の認定証の行為と合っていますか」 |
ここから先は、本当に無理です
| 線 | 中身 |
|---|---|
| 法令上の線 (言い方では動きません) | ①5行為以外は、この仕組みでは一切できません(気管カニューレより奥、吸引以外の処置など)②実地研修を修了していない行為はできません ③第3号研修は、その特定の方に対してのものです ④事業所が登録していなければ、資格があってもできません ⑤医師の指示なしではできません |
| 事業所で変わる線 (話し合いで動きます) | 指示書の様式と有効期間/実施計画の作り方/看護職員への報告の頻度と形/記録の様式/実施できる時間帯・体制/研修の受講機会 「連携」と「記録」は登録の基準そのものなので、事業所が整える責任を負っています |
記録にどう残すか
実施したとき
10:15 口腔内吸引を実施(医師指示書 〇年〇月〇日付)。吸引圧〇kPa、時間〇秒。実施前の状態:発熱なし、呼吸数〇、痰の性状は白色・粘稠。実施後:呼吸音の左右差なし、SpO2 〇%。看護職員〇〇へ報告。
実施しなかったとき
10:10 口腔内吸引の予定であったが、いつもより口唇色が悪く、呼びかけへの反応が鈍かったため実施せず、看護職員〇〇へ報告。看護職員が状態確認のうえ実施。
記録の整備は、事業所の登録の基準です(第48条の5第2号)。あなたが書いた1行が、事業所がこの業務を続けられるかどうかにつながっています。書くのが面倒な作業ではなく、続けるための条件です。
まとめ
- 喀痰吸引等は「医行為ではない」ことにされたのではない。診療の補助であると認めたうえで、法律で例外的に解禁された
- だから縛りが3つ残る。①医師の指示 ②医療関係者との連携(法律上の義務)③事業所の登録
- 介護福祉士は第48条の2第1項。それ以外の介護職員は附則第10条第1項(認定証は附則第11条)
- ⚠ 附則第4条ではありません。現行の附則第4条は「准介護福祉士の登録」という別の条文です
- 行為は5つだけ(施行規則第1条)。気管カニューレは内部だけ
- できるのは実地研修を修了した行為だけ。第3号研修はその特定の方に対してのもの
- 事業所が登録していなければ、資格があってもできない
- 登録の基準は「連携の確保」と「記録の整備」。だから看護職員が関わり、記録が求められる
- 「研修を受けたから大丈夫」ではない。事故時の刑事上・民事上の責任は別に判断される
やさしい 日本語(にほんご)
1 なにが おきますか
あなたは 研修(けんしゅう)を 受(う)けました。
でも 看護師(かんごし)は、まいかい こまかく 聞(き)いて きます。
「今日(きょう)は どうですか」「指示(しじ)は 見(み)ましたか」
2 なぜ そう 言(い)いますか
たんの 吸引(きゅういん)は、「かんたんな こと」に なったのでは ありません。
法律(ほうりつ)に 「診療(しんりょう)の 補助(ほじょ)として」と 書(か)いて あります。
つまり 医療(いりょう)の 仕事(しごと)の ままです。
だから 3つ 必要(ひつよう)です。
① 医師(いし)の 指示 ② 看護師との 連携(れんけい) ③ 事業所(じぎょうしょ)の 登録(とうろく)
②の 連携は、法律に 書いて あります。おねがいでは ありません。
3 あなたは どう 言(い)いますか
- 「今日の 指示は 前(まえ)と 同(おな)じですか」
- 「いつもと ちがう ところが あります。〇〇です。やって いいですか」
- 「わたしは 第〇号(だいごう)研修です。〇〇を 実地(じっち)研修で 終(お)えました」
4 これは できません
◇ 5つの 行為(こうい)以外(いがい)は できません。
◇ 実地研修を していない 行為は できません。
◇ 第3号研修は、その 人だけです。ほかの 人には できません。
◇ 事業所の 登録が ないと、資格(しかく)が あっても できません。
◇ 医師の 指示が ないと できません。
「まえの 職場(しょくば)では やっていた」は、りゆうに なりません。
※ この ページは 日本(にほん)の 法律に ついて 書いて います。あなたの 施設(しせつ)の きまりも、かならず 見(み)て ください。
あわせて読む
吸引や注入の前に、何を見て、何を数えるか。いずれも一例です。項目は事業所に合わせて書き換えてお使いください。
困りごとから調べる → 様式をダウンロード根拠にした資料
- 社会福祉士及び介護福祉士法(昭和62年法律第30号)第2条第2項/第48条の2第1項/第48条の3/第48条の5/附則第10条・第11条・第27条
- 社会福祉士及び介護福祉士法施行規則(昭和62年厚生省令第49号)第1条(5行為)/第4条(研修課程と特定行為)/第13条
- 介護サービスの基盤強化のための介護保険法等の一部を改正する法律(平成23年法律第72号)附則第1条(平成24年4月1日施行)
- 保健師助産師看護師法(昭和23年法律第203号)第31条第1項・第32条
- 厚生労働省「医師法第17条…の解釈について」平成17年7月26日 医政発第0726005号(注3・注4)/同(その2)令和4年12月1日 医政発1201第4号/同(その3)令和7年12月26日 医政発1226第12号
- 公益社団法人日本看護協会「看護職の倫理綱領」2021年3月(本文7)
ベトナム語 参考訳です。母語話者による確認は受けていません。誤りにお気づきの方はご連絡ください。