移動中の事故と腰痛 ——ヘルパー自身のけが
この区分の記事は、利用者さんの事故のことばかり書いてきました。この1本だけは、あなたのけがの話です。
介護の職場で働く人が仕事中にけがをして4日以上休んだ件数は、1年で1万4千件近く。その中身は、転倒と、「無理な動作」——つまり腰痛が、ほぼ同じ数で並んでいます。そして訪問介護には、施設にはない移動中の事故があります。
ただし、先に正直に書きます。訪問介護だけの労災の統計は、ありません。国の統計は「社会福祉施設」という業種でまとめられ、訪問介護はその中に入っています。だからこの記事の数字は「介護の職場ぜんたい」の数字です。それを、訪問の場面に置き直して読みます。
もくじ
数字で見る ——介護の労災は、転倒と腰痛
厚生労働省が毎年公表している労働災害の統計から、令和6年(2024年)の「社会福祉施設」の行を抜き出します。休業4日以上の死傷者の数です。
| 社会福祉施設(令和6年・確定値) | 人 |
|---|---|
| 死傷者 合計 | 13,980(前年 14,049) |
| うち 転倒 | 4,854 |
| うち 動作の反動・無理な動作(腰痛の主な分類) | 4,802 |
| うち 墜落・転落 | 881 |
| うち 交通事故(道路) | 620 |
| うち 激突され | 494 |
| うち 高温・低温の物との接触 | 150 |
| 死亡 | 5(うち交通事故(道路)3、墜落・転落2) |
10年前(平成27年)の社会福祉施設の死傷者は7,597人でした。10年で1.8倍です。働く人が増えたこともありますが、それだけではありません。
年齢を見ると、13,980人のうち60歳以上が5,266人(約38%)、50歳以上で見ると9,202人(約66%)です。介護の職場は、働く人の年齢が高い。訪問介護は、その中でも高いほうだと言われます。
⚠ もう一度。これは「社会福祉施設」の数字で、訪問介護だけの数字ではありません。特養・デイ・訪問・障害福祉、全部が入っています。「訪問介護の労災は年〇件」と書いてある記事があったら、出どころを確かめてください。国の統計には、その行はありません。
訪問介護に固有の3つ ——移動・暑さ・一人
社会福祉施設の数字を、訪問の場面に置き直すと、施設と違うところが3つ見えます。
| 固有のこと | 中身 |
|---|---|
| ① 移動がある | 統計の交通事故(道路)620人、死亡3人は、施設の中では起きにくいものです。送迎・訪問・通院介助——車と自転車と徒歩で、家と家の間を移動する仕事に起きます。訪問介護は、その代表です |
| ② 外気の中で働く | 施設は空調があります。訪問は、真夏の炎天下を自転車で移動し、クーラーのない部屋で入浴介助をすることがあります。熱中症の危険は、施設より高い場面があります |
| ③ 一人で持ち上げる | 施設なら2人介助を呼べます。訪問では「2人で行くべきだと思ったが、一人だった」が起きます。腰痛4,802人の一部は、この場面です。しかも、倒れても気づく人がいません |
腰 ——「無理な動作」が起きる場面
統計の「動作の反動・無理な動作」は、持ち上げる・支える・ひねるで体を痛める事故の分類です。介護では、ほとんどが腰です。訪問で起きやすい場面を並べます。
- 低いベッド・布団からの移乗。施設のベッドは高さが変えられますが、訪問先の布団は床です。しゃがんで持ち上げることになります
- 狭い場所。トイレ・浴室・ベッドと壁の間。体をひねりながら支えることになります
- 一人で、想定より重いとき。いつもより力が入らない日、体調が悪い日。「今日は無理」を、その場で判断する人が自分しかいない
- 急いでいるとき。次の訪問がある。急ぐと、姿勢が崩れます
- 床の掃除・低い流し。介助だけでなく、生活援助の姿勢でも腰は痛みます
| できること | 中身 |
|---|---|
| 「一人では難しい」を書いて渡す | ヒヤリハットに「一人では危ないと思った」と書く。積み重なれば、2人訪問・福祉用具(介護ベッド・リフト・スライディングシート)の導入を、事業所からケアマネジャーに相談できます。福祉用具は、あなたの腰を守る道具でもあります |
| その日の自分を測る | 朝、腰に違和感があるなら、その日の移乗は「いつもどおり」ではない。事業所に伝えて、ゆっくりやる。無理をして倒れると、ご本人も一緒に倒れます |
| 痛くなったら、その日に言う | 「移乗のあと腰が痛くなった」を、その日のうちにサービス提供責任者へ。労災の申請は、いつ・どこで・何をして痛めたかが要ります(→§6)。あとから「先週あたりから」では、証明が難しくなります |
移動中の事故 ——次の訪問までの時間
統計の交通事故(道路)620人は、通勤中ではなく仕事中の数です(通勤災害は別の統計)。訪問と訪問の間の移動は、仕事中です。
- 前の訪問が長引いた。次まで5分しかない。急ぐ。——ヒヤリハットに「急いで運転した」と書いていい。それは、訪問の間隔の情報です
- 雨の日の自転車。訪問先の駐輪場所。傘。荷物
- 知らない道、狭い道、駐車場所。初回訪問の日は、移動の時間を多めに
- 疲れ。昼を車の中で3分で食べた。午後に集中が切れる。——これも書く
- 利用者さんを乗せる場面。通院等乗降介助。ご本人の乗り降りの介助と、運転の両方を一人でするときの順番と確認を、事業所と決めておく
◎ 移動中の事故は、あなたの運転技術の問題として片づけられがちです。でも、統計に620人と3人の死亡があるということは、この仕事の構造に、移動の危険が入っているということです。訪問の間隔・移動手段・移動距離は、事業所が組むものです。「急いだ」を書くことは、その組み方への情報提供です。
暑さ ——2025年6月から、事業者の義務になりました
2025年(令和7年)6月1日に、労働安全衛生規則が改正されました。熱中症を生ずるおそれのある作業を行う事業者に、次の2つが義務になりました。
| 義務 | 中身(条文の要点) |
|---|---|
| ① 報告の体制と周知 | 作業者が熱中症の自覚症状を持ったとき、または他の作業者が熱中症の疑いに気づいたとき、その旨を報告させる体制を整え、作業者に周知する |
| ② 手順と周知 | 作業からの離脱、身体の冷却、必要なら医師の診察・処置など、症状の悪化を防ぐ措置の内容と手順を定め、作業者に周知する |
厚生労働省の案内では、対象になる作業の目安はWBGT(暑さ指数)28度以上、または気温31度以上の環境で、連続1時間以上、または1日4時間を超えて行う作業とされています。真夏の訪問の移動と、空調のない部屋での介助は、この目安に入ることがあります。
◎ だから、「暑くて頭が痛い」を事業所に言うことは、わがままではありません。報告させる体制を作るのが事業者の義務で、報告するのがあなたの側です。「うちの事業所では、熱中症のときの連絡と手順はどう決まっていますか」——聞いていい質問です。
- 移動の車に水を置く。自転車ならかばんに
- 訪問先で空調のない部屋での入浴介助は、事業所に伝えておく。時間帯の調整ができるかもしれません
- めまい・頭痛・吐き気・汗が止まった——その場で座る。事業所に電話。「続けられるか分からない」と言っていい
- 利用者さんの部屋の温度は、利用者さんの熱中症の話でもあります(→ヒートショックの記事は冬の話ですが、部屋の温度を見る習慣は同じです)
けがをしたら ——労災は「事業所が決める」ものではありません
仕事中のけがや、仕事が原因の腰痛は、労災保険の対象になりうるものです。ここで大事なことを3つ。
- 労災かどうかを決めるのは、事業所ではなく労働基準監督署です。「うちは労災は使わない」「自分の健康保険で行って」と言われても、それで決まるわけではありません。パート・登録ヘルパーも対象です
- 仕事中のけがに、健康保険は使えません。労災と健康保険は別の制度です。受診のとき「仕事中のけがです」と伝える
- いつ・どこで・何をしてが要ります。だから、その日のうちに事業所に言い、記録に残す。「移乗のあと腰が痛くなった」の1行が、あとで効きます
⚠ ここは、この記事の範囲を越えるところです。労災の申請の手続き、給付の中身、事業所が協力しないときの相談先は、労働基準監督署、または社会保険労務士に確かめてください。この記事は「労災という制度があり、決めるのは事業所ではない」ことだけを書いています。
自分の体を、記録の対象に入れる
この区分の他の記事は、利用者さんの記録の話でした。同じことを、自分の体にもしてください。
- 「16:00 〇〇様宅。移乗のあと腰が痛くなった。サービス提供責任者に言った」——ヒヤリハットに書いていい
- 「14:00 移動中。暑くて頭が痛かった。水を買って飲んだ。事業所に伝えた」
- 「13:00 移動中。前の訪問が長引き、次まで5分しかなかった。急いで運転した」
- 「10:00 〇〇様宅。2人で行くべき方だと思ったが、一人だった。ゆっくりやった。事業所に伝えた」
これらは、訪問版ヒヤリハットの例文(→50本)の「体制・自分のこと」に入れてあるものです。自分のことを書くのは、文句ではありません。1万4千件の労災のうち、あなたが1件にならないための、いちばん確かな方法です。
利用者さんを守る人が倒れたら、利用者さんも守れません。あなたの腰と、あなたの移動と、あなたの体温は、利用者さんの安全の一部です。
だから、書いてください。言ってください。「たいしたことではない」は、統計の1万4千件の、最初の一言です。
Thống kê tai nạn lao động ngành phúc lợi (2024): 13.980 người nghỉ từ 4 ngày; trượt ngã 4.854, đau lưng do động tác gắng sức 4.802, tai nạn giao thông 620. Đau lưng, say nắng, vội vàng khi di chuyển — viết vào phiếu hiyari-hatto và báo cơ sở ngay hôm đó.
まとめ
- 令和6年の社会福祉施設の労災死傷者は13,980人。転倒4,854・無理な動作(腰痛)4,802・交通事故(道路)620。死亡5人のうち交通事故3人
- ⚠ 訪問介護だけの統計は存在しない。この数字は介護の職場ぜんたいのもの
- 訪問に固有なのは移動・暑さ・一人で持ち上げる
- 腰:「一人では難しい」を書いて渡す。福祉用具は自分の腰を守る道具でもある。痛くなったらその日に言う
- 移動:「急いだ」を書く。訪問の間隔は事業所が組むもの
- 暑さ:2025年6月から、報告体制と手順を定めて周知することが事業者の義務。「暑くて頭が痛い」は言っていい
- けが:労災かどうかを決めるのは労働基準監督署。健康保険は使えない。いつ・どこで・何をしてを残す。手続きは監督署・社労士へ
- 自分の体を、記録の対象に入れる
やさしい 日本語(にほんご)
1 ◎ この 記事(きじ)は、あなたの けがの 話(はなし)です
◎ 介護(かいご)の しごとで けがを して、4日(か)以上(いじょう) 休(やす)んだ 人(ひと)は、1年(ねん)で 約(やく)1万(まん)4千(せん)人。いちばん 多(おお)いのは 転倒(てんとう)と 腰(こし)です。
2 ⚠ 訪問介護(ほうもんかいご)に 多い、3つ
- 移動(いどう)——車(くるま)・自転車(じてんしゃ)の 事故(じこ)。急(いそ)ぐと おきます
- 暑(あつ)さ——外(そと)を 動(うご)く。クーラーの ない 部屋(へや)
- ひとりで もちあげる——腰を いためます
3 ◎ 腰
- 「ひとりでは あぶないと 思(おも)った」と 書(か)く。たまると、2人(ふたり)で 行(い)く・道具(どうぐ)を 入(い)れる 相談(そうだん)が できます
- 朝(あさ)から 腰が へんなら、じぎょうしょに 言(い)う。ゆっくり やる
- ⚠ いたく なったら、その日(ひ)の うちに 言う。「いつ・どこで・何(なに)を して」が 大事(だいじ)
4 ◎ 移動
◎ 「急いで 運転(うんてん)した」と 書いて いいです。文句(もんく)では ありません。訪問の 間(あいだ)の 時間(じかん)を きめるのは、じぎょうしょです。
5 ◎ 暑さ——2025年6月から、じぎょうしょの 義務(ぎむ)
◎ 熱中症(ねっちゅうしょう)かも しれない とき、すぐ 言える しくみと、休ませる・冷(ひ)やす・病院(びょういん)の 手順(てじゅん)を、じぎょうしょが 作(つく)って 知(し)らせる きまりです。
◎ 「あたまが いたい」「めまいが する」→ すわる。電話(でんわ)。わがままでは ありません。
6 ⚠ けがを したら——労災(ろうさい)
- しごと中(ちゅう)の けがは、労災と いう しくみが あります。パートの 人も 対象(たいしょう)です
- ⚠ 労災か どうかを きめるのは、じぎょうしょでは ありません。労働基準監督署(ろうどうきじゅんかんとくしょ)です
- ⚠ しごと中の けがに、健康保険(けんこうほけん)は つかえません。病院で「しごと中の けがです」と 言う
- くわしい 手続(てつづ)きは、労働基準監督署か 社労士(しゃろうし)に 聞(き)く
7 ◎ じぶんの 体(からだ)も、きろくします
◎ 「16:00 〇〇さんの 家(いえ)。移乗(いじょう)の あと 腰が いたく なった。サービス提供責任者(ていきょうせきにんしゃ)に 言った」——これで いいです。あなたが たおれたら、利用者(りようしゃ)さんも 守(まも)れません。
※ この ページは 日本(にほん)の 法律(ほうりつ)と、現場(げんば)の きまりに ついて 書(か)いて います。あなたの 事業所(じぎょうしょ)の きまりも、かならず 見(み)て ください。
ふりがなと やさしい 日本語は、この 研究所(けんきゅうじょ)が つけた ものです。まちがいが あれば、教(おし)えて ください。
あわせて読む
「腰が痛い」「暑い」「一人では危ない」から入れます。いずれも一例です。事業所の規程と市町村の要領に合わせて読み替えてお使いください。
困りごとから調べる → 困りごとから調べる根拠にした資料
- 厚生労働省労働基準局安全衛生部安全課「令和6年における労働災害発生状況(確定値)」令和7年5月 別表2・別表4・別表7(業種「社会福祉施設」の行) ——社会福祉施設の死傷者13,980人(転倒4,854、動作の反動・無理な動作4,802、墜落・転落881、交通事故(道路)620、激突され494、高温・低温の物との接触150)、死亡5人(交通事故(道路)3、墜落・転落2)、平成27年の死傷者7,597人、年齢別(60歳以上5,266人、50歳以上9,202人は別表7の年齢別の行を当研究所が合計)
- 労働安全衛生規則(昭和47年労働省令第32号)第612条の2(令和7年6月1日施行) ——熱中症を生ずるおそれのある作業についての報告体制の整備・周知、悪化防止の措置と手順の策定・周知
- 厚生労働省(労働局)「職場における熱中症対策の強化について」(令和7年6月1日施行の改正の案内)——対象作業の目安(WBGT28度以上または気温31度以上の環境下で連続1時間以上または1日4時間を超える作業)
- 厚生労働省「介護現場におけるハラスメント対策マニュアル」令和4年3月改訂版 および同「介護現場におけるハラスメント事例集」令和4年3月(平成30年度老人保健健康増進等事業「介護現場におけるハラスメントに関する調査研究」の実態調査を含む) ——訪問系サービスの備え
- 厚生労働大臣が定める基準に適合する利用者等(平成27年厚生労働省告示第94号)第3号 ——利用者の身体的理由により1人では介護が困難な場合の2人の訪問介護員等による訪問介護
- 当研究所『介護事故防止 実務マニュアル』
ベトナム語 参考訳です。母語話者による確認は受けていません。誤りにお気づきの方はご連絡ください。