車いすから落ちたとき、どこから考えるか
落ちた。けがはなかった。でも——なぜ落ちたのかが分からない。
車いすの設定が合っていなかったのか。その方の体調が変わっていたのか。
見守りが足りなかったのか。申し送りで伝わっていなかったのか。
要素が多すぎて、どこから手をつけていいか分からない。
先に書いておきます。原因は、1つに決まりません。
たいてい、いくつも重なっています。
ですから、この記事は答えを出すものではありません。
5つの方向に分けて、順番に確かめるための記事です。
もくじ
1つの原因に決めないでください
事故が起きると、原因を1つに決めたくなります。報告書にそう書く欄があるからです。 でも、実際にはいくつもの要素が重なっています。
座面のクッションがへたっていて、その日は体調が悪くて力が入らず、 たまたま職員が別の方の対応で離れていて、前日に「最近ずり落ちる」と気づいた人がいたけれど申し送りに残っていなかった—— これが同時に起きている、というのが普通です。
1つに決めると、残りの4つが放置されます。
そして、同じことがまた起きます。「対策したのに、また起きた」の多くは、これです。
やってはいけないのは、人に原因を求めることです。
「見ていなかったから」で終わらせると、対策は「見守りを強化する」になります。
これは実行できません。そして、次から報告されなくなります。
5つの方向に分けて確かめる
この順番で確かめてください。①から順に見るのには理由があります。 ①がいちばん今日変えられるもので、⑤に行くほど時間がかかるからです。
① 用具・設定 — いちばん先に確かめる
なぜ最初か。今日、その場で変えられるからです。そして意外なほど、ここに原因があります。
- 座面のクッションは、へたっていませんか(押して底に手が当たるなら、敷いていないのと同じです)
- クッションは車いす用ですか。座布団やタオルではありませんか
- 足の裏が、床かフットサポートに着いていますか(浮いていると体が安定しません)
- 座面が高すぎ・低すぎではありませんか
- 座の奥行きは合っていますか(ひざ裏と座面の前に、こぶし1つ分)
- 座幅は広すぎませんか(おしりの横に、片側ずつ指2〜3本)
- ブレーキは、押して効きを確かめましたか(タイヤの空気が抜けていると効きません)
- フットサポートは、乗り降りのときにどけていますか
- ティルト・リクライニングなら、倒す角度は決まっていますか
- 倒したあと、背抜きをしていますか
当てはまったら → 車いすの替えどき 16のサイン 寸法が合っているか、指とこぶしで測る 座面クッションが合っていないと、何が起きるか
「クッションを替えたら、ずり落ちが止まった」——これは実際によくあります。
車いすを替える前に、まずクッションです。ここを飛ばして車いすを替えると、新しい車いすでも同じことが起きます。
② その方の変化
「いつもと違うこと」がなかったか。本人は言いません。記録と、そばにいた人の記憶が頼りです。
- 最近、薬が変わっていませんか(睡眠薬・安定剤・降圧薬・利尿薬)
- 発熱・脱水・便秘・感染症の兆しはありませんか
- 座っていられる時間が、短くなっていませんか(1時間もたない)
- 30分もたたずに、ずり落ちてきませんか
- 体重が、5kg以上変わっていませんか
- 拘縮が進んで、座る角度が変わっていませんか
- 痛みを訴えていませんか(かばって崩れます)
- 「疲れた」「戻りたい」と言っていませんか
- その日、いつもよりぼんやりしていませんでしたか
当てはまったら → 看護師へ相談。 車いすの替えどき 16のサイン 車いすが合っているかを調べる
「最近こうなった」は、いちばん大事な情報です。
そして、たいてい誰かが気づいています。気づいた人が言えていないだけです。
カンファレンスでは、必ずふだんその方を見ている職員に聞いてください。
③ 環境
その場所を、実際に行って見てください。報告書の文字だけでは分かりません。
- 床は濡れていませんでしたか
- 段差・スロープ・じゅうたんの縁はありませんか
- 車いすの置き場所は、いつもそこですか
- 手の届く範囲に、取りたくなる物がありませんでしたか(前かがみになって落ちます)
- 床に物が落ちていませんでしたか(拾おうとして落ちます)
- 照明は足りていましたか。夕方以降ではありませんでしたか
- テーブルの高さ・位置は合っていましたか
- まわりがにぎやかで、気が散る場所ではありませんでしたか
当てはまったら → その日のうちに直せます。直したことを記録に書いてください。
④ 手順・見守り
ここで「誰が悪かったか」を聞かないでください。聞くのは「手順が決まっていたか」です。
- その方の座り直しは、何分ごとと決まっていましたか(決まっていなければ、それが原因です)
- 離れたのは何分ですか。なぜ離れましたか(物を取りに行った/呼ばれた/別の方の対応)
- 離れる前に、姿勢を直しましたか
- その方は「目を離さない」対象になっていましたか。全員が知っていましたか
- ベルトを使っていましたか。使っているなら、身体拘束の手続きは済んでいますか
- 食後・入浴後など、崩れやすい時間帯ではありませんでしたか
- その手順は、新しく入った職員にも伝わっていますか
当てはまったら → 手順にしてください。「気をつける」ではなく「2時間ごとに座り直す」と書く。 再発防止策に「見守りを強化する」と書いてはいけない理由
「離れた理由」を、隠さないでください。
「オムツを取りに行った」なら、対策は「始める前に全部そろえる」になります。
「別の方に呼ばれた」なら、対策は人の配置の話になります。
理由が書かれないと、対策が「注意する」にしかなりません。
⑤ 体制・人数・伝達
いちばん変えにくい方向です。でも、書かなければ永久に変わりません。
- その時間、職員は何人でしたか。何人を見ていましたか
- 応援を呼べる状況でしたか。呼びましたか。呼べなかったなら、なぜですか
- 前日までに、「最近ずり落ちる」と気づいた人はいませんでしたか
- 気づいていたなら、それは申し送りに残っていましたか
- 記録に書いてあったなら、その日の担当者は読んでいましたか
- その方の情報は、夜勤・応援・新人にも届いていますか
- 日本語が母語でない職員に、伝わる形で共有されていましたか
当てはまったら → そのまま記録に書いてください。 ヒヤリハットは3行でいい 申し送りが速くて聞き取れないとき
「その時間、ひとりで何人を見ていましたか」——カンファレンスで、必ずこれを聞いてください。
答えが「12人」なら、それは職員の注意力の問題ではありません。
そして、その数字が10回たまったとき、はじめて配置の話ができます。
確かめたことを、記録に残す
ここまで確かめても、「これが原因でした」とは書けません。それでいいのです。
かわりに、こう書いてください。
記録の例
「原因は特定できていない。確認した内容は以下のとおり。
①用具:座面クッションのへたりを確認。本日交換した。ブレーキ・空気圧に異常なし
②本人:3日前から座位保持時間が短くなっていたとの職員の気づきあり。看護師へ報告済み
③環境:床の濡れなし。ベッド脇の位置を変更した
④手順:座り直しの間隔が決まっていなかった。2時間ごとと決めた
⑤体制:当該時間帯の職員1名、対応人数11名。記録に残す
→ 今回は①と④を変更する。1か月後に再評価。」
答えは出ません。
でも「どこを確かめたか」は残ります。
次に同じことが起きたとき、確かめていない方向から探せます。 これが、同じ議論をくり返さないための、唯一の方法です。
変えるのは、1つか2つだけ
5つ全部を変えようとすると、何も実行されません。 今日変えられるもの(①と③)から、1つか2つ選んでください。
「見守りを強化する」
「情報共有を徹底する」
「職員間の連携を密にする」
誰が・いつまでに・何をするかが、ありません。忙しい日には元に戻ります。
「クッションを交換した(8/25・〇〇)」
「座り直しを2時間ごとと決めた(8/26から)」
「当該時間の対応人数を記録に残す」
物と数字と期限があります。
まとめ
- 原因は1つに決まりません。複数重なっているのが普通です
- 5つの方向に分ける — ①用具 ②その方の変化 ③環境 ④手順 ⑤体制
- ①から見る。いちばん今日変えられるからです
- 人に原因を求めない。「見ていなかったから」で終わると、対策が作れません
- 「離れた理由」「その時間の人数」を、隠さず書く
- 確かめたことを記録に残す。答えが出なくても、それは残せます
- 変えるのは1つか2つ。全部やろうとすると、何も変わりません
ほかの「どこから考えるか」
根拠にした資料
- 厚生労働省「身体拘束ゼロへの手引き」
- 厚生労働省「介護保険施設等における事故の報告様式等について」
- 医療・介護ベッド安全普及協議会「医療・高齢者施設におけるベッドの安全な使い方」
ベトナム語 参考訳です。母語話者による確認は受けていません。誤りにお気づきの方はご連絡ください。